たぶん私はとてもとても傷つきたかったのだ

社会から逸脱し、世の中の大衆からの薄い支持すら得ることができなかった10代の私は、将来が見通せない暗闇の中で、わずかな人間の強く裏切らない共感を求めた。一般からの支持が得られないと確信しつつも明日が来ることに変わりはない。私は、厭世感を抱えつつ、将来をかえりみない馬鹿げた行動を通じて何らかの契機を求めていた。そこには生きることと死ぬこと両方を並行して考えて、両方を実現させようとした私がいた。

明日を生きることを考えられない日々が繰り返される中で、私は苦しみや悲しみといった感情を探そうとした。自分が楽しいのかうれしいのか悲しいのかなんなのか、分からなくなっていた。16歳の誕生日に私は死のうとした。自室にこもって、紐を結んで、椅子の上に立って、輪を通して、椅子を蹴飛ばした。――死ぬことの難しさを痛感することになった。

契機は訪れなかった。何も変わらない鬱々とした感情。私は他の人が年齢を重ねるうちに獲得する「何か」を獲得できなかった。君らが中学でグラウンドを走っているころ私は親に怯えて布団の中にいたし、高校へ通学するために電車に乗っているころは病院で活性炭を吐いていた。閉鎖病棟で季節の変化を見た。大学時代は見知らぬおじさんの陰茎を咥えて……。

私はとてもとても傷つきたかったのだ。将来をかえりみない馬鹿げた行動はする必要がない行為に違いない。しかし将来をかえりみない馬鹿げた行動なしに生きれなくなった私がここにいる。

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