入院記録 第一部

この記事は2014年7月10日に、当時16歳だった筆者が執筆した文章を改変することなくそのまま掲載するものである。

2月26日 午後6時

死にたくなったので、夕食代わりに半数致死量の2倍のカフェインを飲むことにした。手元に半数致死量のアスピリンがあったので迷ったが2倍量のカフェインにした。半数致死量じゃ死ねないかもしれないけど、半数致死量の2倍飲めば必ず死ねるでしょ?

カフェイン20gとメラトニン60mg(寝て死にたかった)を飲み干したぼくは耳鳴りと頭痛と吐き気と幻臭を覚えながら床についた。錠剤100錠とカプセル20個は(特に前者が)飲むのに苦労した。250mLのタンブラー4本分の水で流し込んだ。これで寝て死ねる!そう思っていた。

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10分後

オエービチャビチャ。布団ゲロまみれ。耳鳴りと頭痛と吐き気と幻臭とパニックだけ。寝れない。普段ちっとも思わなかった親不孝な子供でごめんなさいとか思っちゃう。吐きながらお父さんお母さんごめんなさいとか考えちゃう。

Nexus7でYouTube灼眼のシャナOPとかを聴いていたが操作がつらくなってきたので、RadikoFM長野を聴くことにした。

1時間後

相変わらずの吐き気、吐き気、吐き気。ラジオなんて聴いてられない気持ち悪さ。でも聴いとどうにかなっちゃいそう。聴いててもどうにかなりそう。布団全部ゲロ。幸い朝にオールブランを食べただけで後は何も食べていないので、吐くのは全て水。ざらざらした水。

これ死ねないかも、と直感的に思った。

2時間後

トイレに行った。その帰りに倒れ、親にバレる。

「死にたくてカフェイン飲んだら全部吐いた」

正直に説明した。壊れた血圧計でぼくの血圧を測ろうとしていたけど当然失敗した。車に乗せられて近くの救急外来へ。父親に移動中車内で「XX(ぼくの名前)も死にたくてカフェイン飲んだんか」とか言われる。

そして病院へ。

「これ全部飲んじゃったの?」

処置室で医師の言葉が痛い。医師の手にはぼくが飲んだカフェインの錠剤が入っていたボトルが。どうやら親が持ってきたらしい。医師の名札には緩和ケアとか書いてあった気がする。母親にその腕の傷は今日やったのかと聞かれる。これは前……と言ったら「死ななくていいのに」と言われた。

ストレッチャーに乗せられて

「今日は何月何日か分かりますか」

「自分の名前分かりますか」

と聞かれた。2月の何日だっけ……と言ったら看護師に意識確認OKです!と叫ばれた。いいのかそれで。声が作れず、自声ってこんなんなんだなーと再認識した。

点滴しますねーおしっこの管入れますねー鼻から胃に管入れますねーとフルコース。胃洗浄して活性炭を飲まされた。吐いた。

2月27日

日付が変わる頃にICUに移動。なんで処置室が1階でICUが2階なんでしょう。ストレッチャーのままエレベーターに乗った。

点滴2本とAラインが腕に入っている。心電図の電極も胸に貼り付けられている。当然眠れずに、枕元のトレーに嘔吐しながらベッドサイドモニターをずっと眺めていた。吐くたびに看護師が「つらいね、ごめんね」と声をかけてくれる。一時間おきくらいに瞳孔の開きを見にペンライトを持った看護師が来た。たまにベッドサイドモニターがピコンピコンと鳴る。そのたびに看護師が来る。

朝9時に透析をすると告げられる。ネットで持ち上げられて体重を測って、エコーで動脈のありかを探られて、麻酔を打たれて、カテーテルを刺された。ぼくにカテーテルを刺したのはイケメンな研修医の先生だった。

その先生が僕の腕を見て一言。「だいぶやっちゃてるけど病院にかかってる?」

かかってませんと答えた。

透析でカフェインが抜けて眠くなったので、ぼくは睡眠をとった。透析は1回で終わった。

2月28日

尿カテーテルが外れた。Aラインと点滴1本も外れた。でも尿の量がみたいのでトイレでは尿瓶にためてくれという。両腕だった点滴が片腕になった。この日の昼から食事が出た。おかゆだった。腕を曲げるたびに輸液ポンプがピーピー叫んだ。看護師にシャンプーをしてもらった。してもらう前に髪を触ってみたら、吐瀉物でゴワゴワだった。26日に布団で付いたらしい。

午後に集中治療室からハイケアユニットに移動した。と言ってもベッドが移っただけだけど。

たまに心電図の電極が外れて、ベットサイドモニターが鳴った。看護師は来ないので自分で貼り直した。左手人差し指の指先に脈を測る脈拍センサーを付けられた。

ふつうのおかゆじゃない夕食を食べて(味が薄かった)、ひさしぶりに歯を磨いた(水を持ってきてくれて、磨き終わったらトレイにペッした)。消灯前に「眠くなる薬いる?」と看護師が聞くので、欲しいと言ったらアモバンをくれた。

3月1日

朝ごはんを食べて、看護師にもらった濡れタオルで体を拭いた。

10時くらいにイケメンな研修医の先生が来て、「XXくんの心と体の調子を見てもらいに、松本の△△先生のところに行こうか」という。とりあえずうなずいた。このときはこの先生の車で行って帰ってくるのかなーと思ってた。

そしたら点滴そのままで救急隊員にストレッチャーに乗せられて集中治療室・ハイケアユニットを出て、救急車に乗せられる。先生も救急車に乗っている。この救急車諏訪広域とか書いてある。救急隊員は「じゃあサイレン鳴らしますねー」とか言って、まさかの中央道・長野道を緊急走行。

救急車って結構揺れるんですね。初めて知りました。

そして救急車が行く先の病院の前で迷う迷う。カーナビ付いているのに迷う。そもそも行く病院に救急入口なんて小洒落たものはついていなかった。ボロいとにかくボロい。なんか窓に鉄格子ついてる。

点滴したまま児童思春期病棟につっこまれ、第一部終了。

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